2015年05月11日

『Ayrenn: The Unforeseen Queen』翻訳

『Ayrenn: The Unforeseen Queen』翻訳です

Ayrenn: The Unforeseen Queen

Headmaster Tanion of the College of Aldmeri Propriety 著

 我らBosmerとKhajiitの学生の間には誤解を受け、デマを繰り返している者がいる。Summerset全土のAltmerが我らの輝けるAyreen女王の元に団結しているわけではないということを。これほど真実から遠いことはない! 我々High Elfは洒落や言葉遊びを好むが、我らの旧く洗練された文化に新たに浴した者へ時に誤解を招くこともある。問題を明確にするため、私は我らが愛するAlinorの女王への簡潔な紹介をまとめ、Aldmeri Dominionの新たな同盟相手にもきちんと理解されるように彼女の来歴をわかりやすく、はっきりとまとめることを意図するものである。

 Altmerは、勿論、Nirnを創造せしDivineの不壊なる末裔であり、Alinorの王家はましてやその血が濃い。Ayreenの父君であらせられる、誉れ高きHidellith王は、長きに渡り善くSummerset Islesを治められ、Elven Ceremoniarchyの伝統の最も良き体現者となられ、Scrolls of Praxis(慣習の書)に制定されている慣例に基づいて全てを決定されていた。
 やがて、Scrollsに定められたように、Hidellith王とその后であるKinlady Tuindenは子を身籠った。そして、Praxisに定められた通り、Ayrennという名をつけられた。Ayrenn王女は第二紀555年、Second Seedの5日――非常に縁起の良い日付にお生まれになった。読者はその背景となる重要性を完全には理解しないだろうから、その理由は割愛する。しかし、Summerset全土、Auridon、そしてArtaeumで彼女の誕生を55日間祝ったことは信じてくれるだろう。

 Ayrenn王女がお生まれになられた時、不安定かつ荒れ狂う時代が来るだろうことを予言されており、そしてそれは到来してしまった。機敏で頭の回転が早かった彼女は家庭教師の教えをすぐに吸収し、幼い頃からしばしば勉学に対し、異例の方法で取り掛かられた。実際、彼女は時々個人的な研究に没頭なされ、当時何日も所在が知れないことがあられた。これらの社会見学からご帰還なさると、変わった知識や優れた新しい技術をよくお見せになられた。

 573年、Evening Starのある日、Alinorの全王族はCrystal Towerにお集まりになりAyrennのSapiarchs ' Labyrinthへの入学許可がおりたことを祝福するために集まられた。そこで彼女は3555日間をかけて、AltmerのRegal Praxis and Ceremoniarchy(慣例と典礼)を学習なさることになっていたのである。しかしAyrennは到着なさらない――宮殿と塔の間の何処かで王女は失踪し、十七回に及ぶ調査を司法長官が命じたにもかかわらず、彼女はどこにも見つからなかった。Sapiarchたちは、しかし、彼女の失踪した夜、膨大な数のしるしや前触れがあったことを報告した:Lady(淑女座)の星座がSteed(駿馬座)に乗り、Great Orrery(巨大宇宙儀)は逆回転し、若いワシの仔がTopal the Explorer(訳注:Topal the Pilotという探検家)の像の上にいたことなどを。

 やがて、Ayrennの一番上の弟であるNaemon王子が、Alinorの玉座の継承者として叙せられ、575年にLabyrinthにご入学することになった。Naemonは父君に似て、生まれながらに儀礼を尊び、継承者の伝統に基づく儀式と義務に誠実に取り組まれていた。事実、Hidellith王が580年にAetheriusに昇天した時も、Naemon王子はすぐ、父君のまします玉座に昇るための88日間の即位式典の準備をはじめるように命じられたのである。

 そして、思いがけない日に、予想外の事態が起きたのだ! 大陸側にある、Velyn港から、Ayrenn王女が白鳥船に乗ってAuridonに向かっているという知らせが来たのだ! 驚愕と急報に、Alinorの宮廷は彼女を迎えるため、到着時間に間に合うようにFirstholdを指定し、彼女の予定外の帰還を歓迎した。Ayrenn王女は最年長の継承者として、Alinorの玉座を継ぐ準備ができていると発表した――そして最高司法長官もそのように、事実だとして、彼女の権利を支持した。580年のFrost Fallの7日、Ayrenn女王は戴冠を迎えられた。

 さて、読者の何人かは、Summersetから離れていた時期のAyrenn王女についてのでたらめな話を聞いたことがあるかもしれない――Anvilから来た海賊の船長と一等航海士として航海していただとか、Necromの地下墓所にあるIndigo Tomesを読むためにDummerに扮していただとか、Rihadの修行僧たちを彼らの剣の舞をもって打ち負かしただとか、挙句の果てにWindhelmの Mabjaarn Flame - Hair女王を蜂蜜酒飲み比べ大会で飲み負かしただとか。全ての神話と逸話について、私は保証しよう。不合理で、ひどく馬鹿げていると。我らの女王は単純にどこかに行ったというのではなく、彼女の自律した研究の流儀をもって、Praxis and Ceremoniarchyを準備なさっていたのだ。

 彼女が玉座を受け継がれてから、我らの土地を治めるにあたり幾つもの革新をもたらしたが――しかしこれは彼女の誕生に際して吉兆として予言されていたものであり、Sapiarchたちも、誰も彼もが、彼女の近代化を支持したものである。そして学生諸君よ、お分かりの通り、Ayrennはこれら島々の議論の余地もなき女王であり、全ては正しく適切である――そうなるべきだったように。
posted by at 21:55| Comment(0) | TES Lore
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。