2014年06月01日

『Orcs of Tamriel, Volume 3』翻訳

『Orcs of Tamriel, Volume 3』翻訳です



 Orcs of Tamriel, Volume 3

 Grassius Vilco 著

 我々はCraglornの「Iron Orcs」の項目まで来た。主題についての学術的著作がほとんど存在しないと知り、衝撃を受けたものである。その理由に気づくにはそう時間はかからなかった。

 彼らは余所者と認めた者は全て一様に敵対的であることを考えれば、Iron Orcを研究することは大変な困難を伴う労力が必要なことが証明できる。「敵対的」というのは、この場合控えめな表現である:Craglornで過ごしている間、八つ裂きにされた死体が雑なつくりの鉄釘で木に打ち込まれているのを頻繁に発見した。これには動揺させられたが、得るところも多かった。いったい何がこのような残虐な行動へと駆り立てたのか、私は疑問を感じた。多くの物事と同じように、答えは過去にあった。

 古代のOrcの洞窟絵画とNedeの遺跡を研究したところ、その様式は驚くべき数の類似点が見受けられた。これらの共通したモチーフは、原始的なOrcとNedeとの間に豊かな文化交流があったことを明らかに示している。この共有された象徴学の放棄は段階的であったように見受けられ、離別までに長い時間をかけたことを示している。紛争は、Nedeが鉄と石工において急速な進歩を遂げた期間に、頻繁に、激しく起こるようになった。多数のNedeのフレスコ画は、非武装のOrcたちと対峙している武装した戦士たちを描写している。我々は、これらの絵が未発達の近隣の者たちに対して実際に軍事的勝利を収めたことを描写したと推定することしかできない。

 Merethic Eraのある時点で、Iron Orc文明は再編成された。概して平穏な、シャーマニズム的な社会は急速に鉱夫、鍛冶屋、そして戦士のコミュニティへと変化した――伝統的なOrsimerの物語と非常に一致して。しかし、ある顕著な違いが存在した。Iron Orcたちは、事実上残虐そのものの武力衝突的な方法論を採用した。私の同僚と私は、ありとあらゆる損壊を受けた死体で一杯の一つづきの集団墓所を発見した――折れた背骨、粉砕された髑髏、割られた胸郭。これらの傷の多くは致命傷を浴びせられた後に続いて与えられたもので、死体の多くは、いかなる種類の武器や鎧も帯びてはいなかった。

 私は、我々がCraglornで発見した証拠が有無を言わさぬ物語を描き出していると思われる。Iron Orc(今日まで石に対する敬意を持続させている)は鉱山業と、彼ら自身と、自らが崇める原初のままの石を守るための戦争への必要性に絶望的なまでに追いやられた。ツルハシと鋤を取ることは、彼らにしてみればひどい冒涜行為であった。ついには、怒りは憎悪へと変わっていった――とりわけ、彼らをこの冒涜行為に追いやったNedeたちにそれは向けられた。この解釈が正しければ、Iron Orcの怒りは最も危険な種類の怒りであると結論付けられよう:自己嫌悪によって駆り立てられる怒りだ。彼らの文化と、崇める石を守るために、その二つをねじ曲げて暗くておぞましい何かにしなければならなかったのだ。真にそこから立ち直るには、あまりにも暗くて深い怒りと静かな悲しみに溢れすぎているのではないだろうか。我々は、彼ら自身の集団内から文化的な転換が起きることを期待するしかできない。我々はずっと待てるだろうか。

posted by at 23:07| Comment(0) | TES Lore
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